【コラム】労働について思うこと

日本国民の三大義務のうちの一つ「勤労」の義務

「労働」について
よく「真面目に働きなさい」と聞く。
「真面目に働く」とは何か。

ユーチューバーのように遊んでいるように見えて一般人には理解不能なほどお金を稼いでいる人もいる。
(もちろん彼らが並々ならぬ努力をしていることは理解している)

朝8時から夕方5時まで法律通りにきっちり働く公務員もいる。
外資系で月給はいいがいつ首を切られてもおかしくない環境にいる人もいる。
いわゆるブラック企業でどれだけ残業しても残業代がでない会社もある。
フリーランスとして全て自己責任で働いている人もいる。
あげればキリがないが、色々な働き方がある。

労働とは、なんだろうか?

【コラム】労働について思うこと

時間を売ること

社会人として労働をする前に、学校へ行く。
中学校までは義務教育を受けることを決められているからだ。

学校には「校則」があり、ルールを守ることを教わる。
それは「誰かが決めたルール」に、学生や教員は従うことになる。

決められた席、決まった時間、決まった教科を授業として教わり、トイレは休憩時間に行かなければならない。
席は等間隔に並べられ、制服や髪型も校則によって決められている。
閉鎖空間の中で生活し、時にはいじめを経験し、友達を作ったり恋をしたり、勉強以外のことにも精を出す。部活を義務付けられることもあるだろう。
そんな中で、何を学ぶのか。

学生たちもやがて「就職」する。
自分の好きなことがありそれに向けて働くことができるならそれに越したことはないが、たいていの学生はそれなりの会社にそれなりの志望動機を持って「就職活動」をする。

就職活動をせず「絶対に夢を叶えてみせる!」と闘志を燃やす者もいる。
身の丈に合う会社を選び「人生なんてこんなもんだ」と諦める者もいる。
十人十色でしかない。

1日8時間の労働は「労働基準法」の労働時間だ。
それを超えた場合は「残業」となる。
ならば1日6時間の労働でもいいはずだ。
常々そう思っていたが、1日8時間働くことで正社員と認められる会社がほとんどだった。

1日8時間の労働時間。ほとんどの会社はそうだろう。
それ以下の場合、1日6時間の労働を希望する場合は大抵「パート」や「アルバイト」としてしか認められない。

1日8時間の労働。その場合、休憩時間は1時間取るように義務付けられている。
拘束時間9時間。
通勤時間を片道30分と仮定した場合、1日10時間を「労働に拘束」される。

1日が24時間。労働に10時間。健康的な人なら睡眠時間8時間。
計算すると、1日に6時間しか自由な時間がない。

無趣味な人や他にやりたいことがない人ならそれでもいいのかもしれない。
しかし労働以外にやりたいことがある人ならあまりにも少なすぎる時間だろう。

しかも、ほとんどの場合は8時間できっちり帰れるわけでもない。
「始業時間からきっちり仕事を始めるため」に、30分早く出勤する人もいるかもしれない。
「次の日に仕事を持ち越さないため」に多少のサービス残業くらいする人もいるかもしれない。

まるで、仕事をするために生きているようなものである。
いつからそんなふうに生きるようになったのか。
時間を売っている「労働者」は1日のほとんどを労働に費やされてしまう。

経営者になるor労働者になる

日本の学校では「経営者になる」ということを教えられない。とどこかで聞いた。
確かにそうかもしれない。
学校を出たら、「どこかの企業に就職する」と言うのが一般的だと教えられる。
起業の仕方なんて知らない。
どこに相談したらいいのかさえ知らない。

起業して失敗するより、就職した方がはるかに楽なように感じる。
それでも起業する人はよほど就職が肌に合わないか、よほどやりたいことがある人だろう。

労働者は、よほどいい企業に就職しない限り、会社の文句ばかり言っている。
それなのにどうしてその会社で働き続けるのだろうと疑問に思うが、転職しても転職した先の会社がいい会社だとは限らず、ほとんどの人は二の足を踏んでいる。

転職を考えている人はかなり多い。
転職をするめんどくささやリスク、覚えてきた仕事、築いてきた人間関係、それらを全て加味して、今の会社に残ることを選んでいる人は多い。

そこで気づくことがある。

「転職」を考えても「起業」を考える人はほとんどいない。
「起業」なんて選択肢にすらない人がほとんどである。

個人的な過去の話であるが、「会社を辞める」ということを同僚に話したら「次の会社決まったの?」と「転職」するのが当たり前の発言をされたことがある。
他意はないのだが、「起業」という選択肢がそもそも持っていないんだなと感じた。

経営者になるにはハードルが高い。
誰かの元で働く労働者である方がハードルが低く楽なのである。

生きる上で大切なことは何か

1日のうちのほとんどを「労働」に費やされてしまう。
であれば、何のために生きるのか。

労働を課せられ、そこから自由になった一瞬に生きがいを見出し、漫画を読んだりお酒を飲んだり、その一瞬が楽しみという人もいる。
労働を課せられ、それがストレスでしかなく、休養などで労働から外れる人もいる。

何のために生きて、何のために働くのか。
それは一人一人が考えて答えを出す必要がある。

最後に

学校に通い、仕事をし、結婚して、子供を育て、そんなごく平凡の日常を望む人がほとんどなのかもしれない。
その道を望まない、もしくはその道では生きられない、いわゆる「変わり者」は異端者として白い目で見られてしまう。

何が正しいのかはわからない。
好きなように生きればいいし、仕事に生きるならそれでもいいと思う。

しかし、仕事に生きることに納得していない人もいる。
だけど仕事をしてお金を稼がないと生きていけない社会構造になっている。

最近は簡単に「生活保護を受ければいい」という言葉も聞くが、それも無責任に聞こえる。
生活保護を受けた人が延々と支払いの心配をしているのを見てきた。
生活保護を受けた人は自分のテリトリーに敏感になり、神経質に叫ぶ。
彼ら彼女らの仲間入りをすることは避けたいと思ってしまう。

もちろん生活保護が本当に必要な人がいるのもわかっている。

なくてはならない仕事をしている人もいる。
設備関係や福祉関係。その上で甘い汁を吸っている太った人もいる。
必要な仕事をしている人ほどなぜか給料が低い。

今、若い人は海外で働き出している。
そんな時代なのかもしれない。

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