引きこもり(大人)について思うこと【コラム】

引きこもりについて思うこと

「引きこもり」はマイナスイメージです。
いいイメージはありません。

どうして引きこもりになってしまうのか?

それは様々な環境要因が重なって起きてしまうもので、本人は「外に出たい」と思っても外に出られず苦しんでいることも多いんです。

 

ここで「引きこもり」の定義について調べてみました。

仕事や学校に行けず家に籠り、家族以外とほとんど交流がない人の状況を指す。現時点では、日本の厚生労働省はこうした状態が6か月以上続いた場合を定義としている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



自分1人でコンビニやパチンコなどに出かけても、家族以外の人と交流がなければ「引きこもり」

仕事をしていなくても貯金などで友達と遊んだり悠々自適な生活をしているのは引きこもりではない。

 

ちょっと疑問に思ったのは、在宅ワークなどで自宅で仕事をしている場合。
仕事をしていても家族以外と交流がなければ「引きこもり」となるのでしょうか?

 

さて、引きこもりについて思うこと。

本人は望んで引きこもりになっているわけではなく、うまく人間関係を築けなかったり、社会の中で疎外感を感じているうちに、気付いたら引きこもりになっています。

社会で働いているうちに気付いたらトップに立っている人がいるように、社会で働いているうちに気付いたら引きこもりになっているんです。

 

引きこもり=社会的弱者
のように感じてしまいます。

引きこもりに出来損ないのレッテルを貼る人もいるでしょう。
そういう弱い者を見下す人は放っておけばいい。

 

肝心なのは、引きこもりの当人。

やりたいことがあって引きこもって作業をしている人なら問題ありません。
そういう人は自然と外に出ていくでしょうから。

 

問題なのは、人間関係が築けなかったり、打ちひしがれて引きこもりになってしまった人。
元々何かしらの精神疾患を持っている可能性もあります。
毒親がいるのかもしれません。

 

何度も言っていますが、当人たちが一番苦しんでいるんです。

家族以外の人と関係を持ち笑い合うなんて、当人たちからしたら憧れです。
友達も多く、普段から笑えている人には、そんな憧れ理解できません。

 

 

引きこもりについて思うこと。

「引きこもり」について、理解する人と理解できない人とのギャップが多すぎると感じています。
拒絶する人は徹底的に拒絶しますし、受け入れる人は驚くほど受け入れます。

中には心の奥底で引きこもりを見下しつつ「やさしい私は素敵!」と自己陶酔しながら引きこもりに寄り添うフリをする人がいますが、引きこもり当人からしたらそれだって嬉しいでしょう。

 

結局は本人次第なんです。

毒親がいるなら、逃げなければならない。
精神疾患が疑われるなら、病院に行った方がいい。

他人の裏切りや仕事の失敗などで打ちひしがれているのなら、時間が解決することもあるでしょう。

 

周りの人が何とかしようとして、本人を追い立てたり、プレッシャーをかけたりしたら逆効果です。
「安心」できて初めて動けることもあります。

「お金がなくなる」「親が死んだらどうする」
そんなこと、引きこもりの本人が一番考えているんです。

その上でさらにプレッシャーを与えたり、葉っぱをかけられてしまえば、反発したくなるだけでしょう。

うるさい!
放っておけ!

引きこもり本人にとって安心できる環境があれば、自然と外に出る気になります。

しかし未来へのプレッシャーを与え、責任を押し付け、そんなんでは怖くて外には出られません。

引きこもりに必要なのは、安心できる環境。

自分を白い目で見る人がいないこと。
自分を悪くいう人がいないこと。
自分をきちんと受け入れてくれる人がいること。

身近な人が引きこもりという現状を受け入れられないのであれば、ただでさえ弱っている本人が精神的に孤立します。

 

引きこもりの家族がいることが恥ずかしいですか?

それは、世間体を気にしているだけです。
引きこもりの家族のことが心配なのではなく、「他人からの自分の評価」を気にしているだけでしょう。

 

引きこもりになったら友達をやめますか?

それは、最初から友達じゃなかったんです。
さっさと離れた方がお互いのためです。

 

意図せず自分が引きこもりになってしまったらどうしますか?

恥ずかしくて「助けて」と素直に言えないでしょう。
情けなくて誰とも連絡を取れなくなるでしょう。

 

そうして悪循環に陥って、取り返しのつかないことになってしまう。

時間が経てばたつほど、回復にさらに時間がかかります。

 

そんな中でも「引きこもり」の人に救いの手を差し出したい。
何とかしてあげたい。

そんなふうに素直に応援してくれる人も存在します。

 

引きこもりになると、そんな素直な優しい手を振り払ってしまうこともあります。
なぜなら信じられないから。

「引きこもり」に対する悪い評判や、「引きこもり」に向けられる白い目の方が強くて、他人を信じられないんです。
どんなに優しくしてもらっても、その後に裏切られる方が怖い。

この人も今は優しいけど裏切るかもしれない。
疑心暗鬼なんです。

 

でも少しでも、もう一度信じてみようと思うなら。
もう一度顔をあげてみようと思うなら。

第三者になら話せるなら。

わたしでよければメールしてください。
話を聞くしかできませんが、それでもよければ。
きちんと読んで、返信します。

 

 

 

引きこもりになってしまったのはたまたまそういう時期だったから。

自分が強くなるための準備。
そういう期間だっただけ。

 

安心して笑える環境を作れれば、それだけで解決することだって、あるんです。

 

 

 

引きこもりの人が身近にいる方へ。

引きこもり当人が回復したとしても、決して「自分のおかげ」と傲慢にならないでください。

本人ががんばったんです。

 

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