毒親育ちが親に望んでいたこと

幼い頃、子供の頃は親が毒だなんて気づきません。
そう思いたくもありません。
子供を守る存在である親が毒だなんて、どう生きていけばいいんでしょう。

そんな中で、心が壊れるほど耐えたり、現実逃避をしたりしながら毒親育ちは生きてきました。

もし親が毒親じゃなかったら・・・

そんな甘い妄想を、毒親育ちの人はずっとしてきたはずです。

毒親育ちが親に望んでいたこと。
毒親を理解できない人たちへ向けてお伝えしていこうかと思います。

毒親育ちが親に望んでいたこと

あいさつをしてほしい

おはよう、いただきます、ただいま、おかえり・・・

そんなごく普通のあいさつが、家の中ではありませんでした。
「あいさつをしなさい」と毒親は言ってしました。
しかし、毒親は挨拶をしませんでした。

お手本である親が挨拶をしないのに、子供がそれを真似するはずがありません。
子供が挨拶しても、毒親は挨拶を返さない。
それなのに子供だけ挨拶をし続けるのが虚しくなって、いつしか挨拶をしなくなりました。
それが当たり前になりました。

親が子供に挨拶を望むなら、どうして親は挨拶をしないのでしょう?
意味がわかりませんでした。

話を聞いてほしい

とても単純に、話を聞いてほしいと思っていました。

毒親は自分の話は子供に聞かせるくせに、子供の話は聞こうとしません。
親自身の問題は子供に話し、なんなら子供に解決させようとしますが、子供の問題を解決しようとはしません。

本来は逆で、子供の問題を親が解決し、親の問題は親自身が解決をする。
それなのに毒親は自分の問題を子供に押し付けて解決させ、解決できなければ馬鹿にしたり貶したり子供の人格を攻撃するんです。
毒親は子供の問題は子供に解決させようとし、解決できなければ知らんぷりです。

幼少期、話をしようとしてもそっぽを向かれ、子供は悲しみにくれました。
ただ何気ない日常の話をしようとしただけなのに、「今日はこんなことがあった」「今日こんなことを言われた」という単純な話をしたくても、毒親は子供のことに全く興味がないので、話を聞こうとはしないのです。
気まぐれに話を聞いてくれたとしても、基本的に斜めに聞いているので馬鹿にしたり否定したり、普通に聞くと言うことをしてくれないのです。

わたしの話は誰も聞いてくれない。
子供は次第に無口になっていき、「何を考えているかわからない子」と思われるようになりました。

性的な目で見ないでほしい

中学生の多感な頃、毒親は偶然を装ってわたしの裸を見ようとしていました。

当時小さな家に住んでいて、脱衣所の中に洗濯機やトイレが一緒に入っている家で・・・
お風呂上がりに脱衣所で体を吹いている時に洗濯機の確認をするふりをして毒母が裸を見てきたり、トイレに行くふりをして毒父が裸を見てきたり・・・

洗濯機の確認なんて後ででもいいんですよ。
本当に急いでトイレに行きたいならわざわざ裸を見る必要はないんですよ。

すごく嫌で、中学生の多感期にそんなことをされて、毒親のせいで性的なこと全てに拒絶反応をするようになりました。
大人になった今でもトラウマが残っています。

当時は対策として、お風呂の中で着替えまでしてから出るようになりました。

ある日偶然を装ってわたしの裸を見にきた毒父は、わたしが服を着てお風呂から出てくると「なんだ着てるのかよ」と笑っていました。
確信犯だったのだとその時に完璧に分かりましたし、自分が何をやっているのかも理解しているようでした。

本当に、本当に嫌だった。

子供が小さい頃だったら「子供をお風呂に入れる」とか親のお仕事だと思います。
だけど中学生や高校生の多感な時期、成長期にわざわざ娘の裸を見にくるなんて、親によるセクハラだし、性的虐待です。

「子供に興味のない親」が子供の裸に興味があるはずがない
という言葉に反論します。世の中「セクハラ」する男性は、その女性のことを大切にしていますか?
大切にしなくてもいい。傷つけてもいい。何してもいい。女性を見下しているからセクハラするんです。
毒親は子供を見下しています。
性的虐待をする毒親はいます。

無視しないでほしい

無視。
それはいじめの一種として捉えられます。

毒親は、子供に対していじめを行います。

幼い頃から親は都合の悪いことはとにかく無視をしてきました。
都合が悪くなくても日常的に無視してくるんです。

まるで存在していないかのように無視をされるので、慣れてしまいました。
それは「悪い慣れ」で、「無視が悪いこと」のように感じていません。
これだけは治さないといけないと思っていますが、うまく行きません・・・

自分が好きなものを馬鹿にしないでほしい

毒親は、子供の好きなもの、好きなこと、才能、将来の夢を潰しにかかってきます。
毒親にとって都合のいい子になるように、子供の意思は徹底的に潰すのです。

毒親自身、意図的にやっておらず、悪意もなく、悪気もない分、タチが悪いです。
子供が幼いうちから「親の老後を見るのはこの子だ」と老後の心配をして、子供が親の世話ができるようにするのです。
そのため、子供の将来の夢や子供の自立は邪魔なのです。

それ以外にも、「子供が笑っている姿が許せない」「子供が自分より幸せなのが許せない」など、親自身の心の問題で、子供のことを馬鹿にしたり嘲笑ったりすることがあります。
他人にマウントを取りたいけど取れないから子供に対してマウントをとってストレス解消しているとか。

毒親は子供を「育てる」ということをしません。
何もしていないくせに「育ててやった」と威張るのも毒親の特徴です。

ただ好きなものを純粋に好きだと言う子供の気持ちを馬鹿にしないでほしかった。
毒親は本当に毒でしかないのです。

謝ってほしい

毒親は、子供に対してこれでもかというほど謝りません。
支離滅裂な言い訳を述べて、徹底的に「自分は悪くない」というポーズを貫きます。

子供には「謝りなさい」と謝らせるのに、毒親は子供には謝らない。
赤の他人には謝ることはあって、外面が良いけれど、子供に対しては絶対に謝らない。

嫌なものを見せたとき、親の間違いで嫌な思いをしたとき、ご飯がないとき、謝ってほしかった。

謝る代わりに睨んできたり、子供の気持ちには全く寄り添ってくれないのに、「自分のことだけはわかって欲しい」「何も言わなくてもわかってくれ」とエスパーを要求される。

間違いを認めて謝ってくれればそれでいいだけなのに、謝らずに回りくどい言い訳とか、もうよくて。

いつしか親には全く期待しなくなりました。
親は悪いことをするもので、それが当たり前で、子供は耐えるしかない。

子供の頃はそう思い込んでいました。

謝ってほしかった。
大人になって絶縁した今は、謝罪はいらないから死んで欲しいと思っています。

最後に

子供は親のカウンセラーではありません。
親のストレス解消に子供を利用したり、生活力のなさを子供に押し付けたり、子供をいじめることでメンタルを保ったり、親がしていいことではありません。

「たった1回」が致命的です。
子供は覚えています。

親のせいで人格形成がうまくいかなかったり、親のせいでトラウマになったり、親のせいで人間関係がうまくいかなくなったり・・・

20年も経てば、親が何もしなくても子供は20歳になります。
心が成長できず、体だけ大人になり、「大人の責任を持て」と言われる毒親育ちの気持ちがわかりますか?

子供でいたかった。
まともな親の元で無邪気な子供時代を過ごしたかった。

自分の力では到底叶えられず親に委ねるしかなかった子供時代を、どうしてその子供の罪にするのですか。

「親は神様」のような、親は偉大だと言う宗教はやめましょう。

毒親育ちが言うのはなんですが、「無敵の人」は毒親育ちのことが多いです。