毒親育ちの「母の日」事情

母の日?
なんですか、それ。

これを声を大にして言うと、今の日本では「薄情者」「恩返ししろ」と貶されてしまいます。
とくに「母」という存在への尊敬は絶大で、その存在を悪く言うと世間から冷たい目で見られます。

だから、「毒親育ち」だと声を大にして言えない。

ネットの世界ではまだ理解がありますが、実生活ですとそうでもないです。
親には無条件に感謝をしろと言う人もいます。

毒親はそんな世間の事情を盾にとって、踏ん反り返りなおもコドモをいじめ抜いてきます。

毒親育ちだと声を大にして言えないので、本心は隠し心の傷を晒せず信用できる人もおらず。

あぁ、生き辛い。

 

さて、「母の日」です。

当然何もしません。

わたしの場合はもう一切連絡をとっていないので、何かをすることもありません。

毒親育ちと気付いていなかった過去の話ですが、プレゼントにバッグをあげたら、翌年から当然のように強請るようになってきました。

ちなみに親からわたしへの誕生日プレゼントは現金。
わたしに似合うものや好きなものがわからない(分かろうともしない)親からは一番合理的なプレゼントではありましたが、「金さえ渡せばいい」みたいに思われていたのは嫌でした。
「お金で解決できることはなんでもお金で解決する」母からはあまり愛情を感じませんでした。

 

毒親育ちの母の日は

  1. 何もしない
  2. 気を遣って一応プレゼントをあげる
  3. 親の望むままのことをする

そんな感じかなと思います。

 

わたしみたいに毒親だと気づき逃げた人は当然何もしないです。

関係がこじれないように、もしくは機嫌をとっておかないと後々めんどくさいなど、毒親と一緒に住んでいる場合は何かしらするのかな。

毒親の洗脳が心地いいと感じてしまっている人は毒親の望むままのことをするでしょう。

何が正しいのか、正解のある世界ではありません。

 

健全な親子関係であれば、「母の日に何しよう?」と悩むことも楽しいのかな。
そんな健全な親子関係が羨ましくて仕方ありません。

毒親育ちは生まれた時から地獄を見ています。